1人目のPdMの求人票を書いていて、「必須条件」の欄で手が止まる。自社の業界を知っている人のほうが、早く立ち上がりそうに思える。一方で、業界経験を必須にすると、候補者がほとんどいなくなる。面接に来た候補者は、PdMとしての経験は十分でも、業界のことはまったく知らない。この人に任せてよいのか、判断がつかない。
こうした迷いは、専門性の高い業界でプロダクトを作っている会社ほど起きやすくなります。保険、医療、物流、不動産、金融など、業界特有の制度や商習慣が深い領域では、「業界を知らない人に、プロダクトの判断を任せて大丈夫か」という不安が自然に生まれます。
結論から言うと、業界経験を必須にすべきかどうかは、業界の種類で決まるわけではありません。入社後に知識を補える環境が社内にあるか、そして知識がないまま判断したときに何が起きるかによって決まります。
本記事では、業界経験とドメイン知識を分けて考えたうえで、1人目のPdMに業界経験を必須にするかを決める4つの判断軸、業界経験の代わりに面接で確かめること、業界経験のないPdMを迎えたときに入社後に知識を補う方法を解説します。
「業界経験」と「ドメイン知識」は同じではない
まず、言葉を整理しておきます。求人票で「業界経験」と書くとき、実際に求めているものは一つではありません。分けると、次の4つになります。
- 制度・規制の知識:法律、業界のルール、監督官庁の指針など。誤ると事業そのものが止まりかねないもの
- 顧客の業務の知識:ユーザーが日々どんな業務をしていて、どこで困っているか
- 業界の商習慣:取引の慣行、決裁の流れ、業界内の力関係など
- 業界の用語:社内や顧客との会話で当たり前に使われる言葉
このうち、業界の用語や商習慣は、入社後に数週間から数か月で身につくことがほとんどです。顧客の業務の知識も、ユーザーに話を聞き、現場を見ることで補えます。PdMにとって顧客の業務を理解することは、業界経験の有無にかかわらず、入社後に必ず行う仕事でもあります。
一方で、制度・規制の知識は、独学で補うのに時間がかかり、誤ったときの影響が大きい領域です。ここだけは、業界経験の有無が立ち上がりに直接響きます。
つまり、「業界経験が必要か」という問いは、「4つのうち、どれを入社前から持っていてほしいのか」という問いに置き換えると考えやすくなります。多くの場合、入社前から必要なのは4つ全部ではなく、一部です。
なぜ業界経験を必須にしたくなるのか
業界経験を必須条件に入れたくなる理由は、主に3つあります。
1. 経営者自身が、業界知識を武器にしてきた
業界出身の経営者が立ち上げた会社では、業界の課題を肌で知っていることが、プロダクトの強みそのものになっています。そのため、「業界を知らない人には、この課題は分からないのではないか」と感じやすくなります。
2. 教える時間がないと感じている
経営者がPdMを兼務している状態では、日々の判断に追われ、新しく来た人に業界のことを一から教える余裕がありません。最初から知っている人が来てくれれば、教える手間が省ける、と考えるのは自然なことです。
3. 顧客の前に出たとき、信頼されるか不安がある
専門性の高い業界では、顧客との打ち合わせで業界用語が飛び交います。PdMが会話についていけないと、顧客からの信頼を損なうのではないか、という心配があります。
いずれも理解できる理由です。ただ、3つとも「入社後に補えるかどうか」で答えが変わります。業界知識は経営者の中にあり、教える仕組みさえ作れば渡せるかもしれません。顧客との会話も、最初の数か月は経営者が同席すれば補えます。必須にする前に、本当に入社前から必要なのかを確かめておく価値があります。
業界経験を必須にするかを決める4つの判断軸
1人目のPdMに業界経験を必須にするかどうかは、次の4つの軸で考えると判断しやすくなります。

判断軸1:知識がないまま判断したとき、取り返しがつくか
最初に確かめたいのは、PdMが業界の知識を持たないまま判断したときに、何が起きるかです。
たとえば、画面の文言や機能の優先順位を誤っても、次のリリースで直せます。こうした判断は、業界経験がなくても、ユーザーの反応を見ながら修正していけば問題になりません。
一方で、法律や業界のルールに反する機能を出してしまう、顧客の業務上の重要な手続きを壊してしまう、といった誤りは、一度起きると取り返しがつきません。登録や許認可が必要な事業、個人情報や金銭を扱う事業では、こうした誤りが事業の継続に関わることがあります。
取り返しのつかない判断がプロダクトの中に多いほど、業界経験の重要度は上がります。少ない場合は、必須にする必要は薄くなります。
判断軸2:顧客の業務が、外から見て分かりにくいか
次に、ユーザーの業務がどのくらい専門的かを考えます。
たとえば、ユーザーが一般の消費者であれば、PdMは自分自身の体験や身近な人への聞き取りから、ユーザーの状況を想像できます。一方で、ユーザーが特定の職種の専門家で、その業務が外からは見えにくい場合、PdMは話を聞いても、最初は何に困っているのかすら分からないことがあります。
ただし、業務が分かりにくいことは、それだけでは業界経験を必須にする理由にはなりません。PdMの仕事は、分からない業務をユーザーに聞き、構造として理解することだからです。必須にするかどうかは、次の判断軸3、判断軸4とあわせて考えます。
判断軸3:社内に、業界知識を聞ける相手がいるか
3つ目は、PdMが分からないことを聞ける相手が、社内にいるかどうかです。
業界出身の経営者、業界経験のある営業やカスタマーサクセス、顧問として関わっている専門家など、PdMが「これはどういう意味ですか」「この機能は制度上問題ありませんか」と気軽に聞ける相手がいれば、PdM本人が業界経験を持っている必要は小さくなります。
逆に、社内に業界を知る人が経営者しかおらず、その経営者も忙しくて質問に答える時間がとれない場合は、PdMが知識を補う手段がありません。この場合は、業界経験のある人を選ぶか、入社前に聞ける相手を用意しておく必要があります。
この軸で大切なのは、「誰が知っているか」だけでなく、「その人に、PdMが実際に聞ける状態か」という点です。経営者が業界に詳しくても、週に一度しか話す時間がとれなければ、PdMは判断のたびに待たされることになります。
判断軸4:立ち上がりまで、どのくらい待てるか
4つ目は、PdMが業界を理解して判断できるようになるまで、どのくらいの期間を待てるかです。
業界経験のないPdMでも、顧客に話を聞き、社内の知識を吸収していけば、多くの場合は数か月で業界の勘所をつかみます。この期間、経営者がPdMの判断を補いながら並走できるのであれば、業界経験は必須ではありません。
一方で、大口顧客との契約が控えている、規制の変更に合わせて急いで対応しなければならないなど、入社直後から業界知識を前提とした判断が求められる状況では、待つ余裕がありません。この場合は、業界経験を優先する理由になります。
4つの軸の組み合わせ方
4つの軸のうち、判断軸1(取り返しのつかない判断が多い)と判断軸3(聞ける相手がいない)の両方に当てはまる場合は、業界経験を必須にすることを検討します。どちらか一方だけであれば、業界経験は「歓迎」にとどめ、入社後に補う前提で採用する選択肢が十分にあります。
判断軸2と判断軸4は、補う手間と期間の見積もりに使います。顧客の業務が分かりにくく、待てる期間も短い場合は、入社後の補い方を手厚くするか、業界経験を重めに見る、という調整になります。
業界経験より先に見たいもの
業界経験を必須にしない場合、代わりに何を見ればよいのでしょうか。1人目のPdMでは、次の3つを優先して確かめることをおすすめします。
知らない領域を、自分で学んできた経験
業界が変わっても成果を出してきたPdMは、新しい業界に入ったときに、何から学べばよいかを知っています。前の職場で、どうやって業界の知識を身につけたのか、最初の数か月で何をしたのかを聞くと、立ち上がり方が見えてきます。
分からないことを、分からないと言えるか
業界経験のないPdMにとって、もっとも危ないのは、分からないことを分かったつもりで進めてしまうことです。面接で業界の専門的な話を少し出してみて、候補者が知らないことをどう扱うかを見ると、この点が確かめられます。知らないことを素直に認め、確かめ方を考えられる人であれば、入社後も知識の穴を自分で埋めていけます。
ユーザーに話を聞き、構造にまとめる力
業界の知識は、最終的にはユーザーから学ぶものです。ユーザーインタビューの経験があるか、聞いた話をどう整理して要件に落としたかを聞くと、業界を学ぶ力の土台があるかが分かります。
業界の知識は入社後に身につきますが、これら3つの力は、入社後に短期間で身につけるのが難しいものです。1人目のPdMでは、業界経験よりも、こちらを重く見る価値があります。
面接で、業界経験の代わりに確かめる質問
業界経験を必須にしない場合でも、候補者が業界の知識を吸収できるかどうかは確かめておきたいところです。次のような質問が役に立ちます。
- 「これまでで、まったく知らない業界のプロダクトを担当したことはありますか。最初の1か月で何をしましたか」
- 「業界の専門家と話していて、分からない言葉が出てきたとき、どうしていますか」
- 「当社のユーザーの業務について、今の時点で想像できることと、分からないことを教えてください」
- 「業界の知識が足りないことで、判断を誤ったことはありますか。そのとき何が起きて、どう立て直しましたか」
3つ目の質問は、答えの正しさを見るものではありません。限られた情報から仮説を立てる力と、自分が知らないことを把握しているかを見るためのものです。「分からないこと」の挙げ方が具体的な候補者ほど、入社後に何を学ぶべきかを自分で決められます。
業界経験のないPdMを迎えたときに、入社後に補う方法
業界経験を必須にせずに採用した場合は、入社後の補い方をあらかじめ用意しておくことが大切です。最初の1〜2か月で、次の4つを行うと立ち上がりが早くなります。
1. 顧客の現場に同行させる
もっとも効果が大きいのは、顧客との打ち合わせや、ユーザーが実際に業務をしている現場に、PdMを同行させることです。業界の用語や商習慣は、資料で読むよりも、実際のやりとりを見るほうがはるかに早く身につきます。最初の1か月は、経営者や営業の商談・打ち合わせに、できるだけ同席させてください。
2. 業界の用語と、社内の言葉の一覧を渡す
業界の用語と、社内でだけ使われている呼び方の一覧を用意して渡します。完璧なものを作る必要はありません。経営者や営業が「新しく来た人がつまずきそうな言葉」を思いつくままに書き出すだけでも、PdMが会話についていくまでの時間は短くなります。PdMには、入社後に分からなかった言葉を書き足してもらうと、次に入る人にも使えるものになります。
3. 制度・規制について、誰に聞くかを決めておく
判断軸1で挙げた、取り返しのつかない判断に関わる領域については、PdMが一人で判断しないための仕組みを作っておきます。「この種類の機能は、リリース前に必ずこの人に確認する」と、確認先と確認する場面を決めておくと、業界経験がなくても大きな誤りを防げます。確認先は、社内の担当者でも、顧問の専門家でもかまいません。
4. 経営者が持っている業界の「勘」を言葉にする
業界出身の経営者が持っている知識の多くは、言葉になっていない「勘」です。なぜこの顧客はこの機能を求めるのか、なぜこの業界ではこの手順が省けないのか、といった背景を、経営者が意識して言葉にし、PdMに伝えます。PdMとの1対1の時間に、最近の判断の背景を話す時間を設けるだけでも効果があります。
求人票での書き方:必須と歓迎を分ける
判断の結果は、求人票の書き方に反映します。業界経験を「必須」にするか「歓迎」にするかで、集まる候補者は大きく変わります。
業界経験を必須にしない場合でも、「歓迎」の欄に書いておくと、業界経験のある候補者には自分に合った求人だと伝わります。あわせて、業界経験がない人に向けて、「入社後は顧客への同行や社内の勉強会で業界知識を身につけていただけます」と、補い方を書いておくと、応募をためらう人を減らせます。
業界経験を必須にする場合は、4つのうちどの知識が必要なのかを具体的に書くことをおすすめします。「保険業界の経験」と書くよりも、「保険商品の募集に関わる規制を踏まえて、機能の仕様を判断した経験」と書くほうが、候補者は自分が当てはまるかを判断しやすくなります。必須にする範囲を絞ることで、候補者の母数が過度に減るのも防げます。
よくある失敗
業界経験を重く見すぎて、PdMとしての力を見落とす
業界経験のある候補者が来ると、それだけで安心してしまい、PdMとしての力を十分に確かめないまま採用してしまうことがあります。業界の知識はあっても、優先順位を決める、要件を言葉にする、開発チームと合意をつくる、といったPdMの基本の仕事ができなければ、1人目としての役割は果たせません。業界経験は、PdMとしての力を確かめた後に、上乗せで評価するものと考えてください。
業界経験のある人に、業界の常識を持ち込まれすぎる
業界経験のあるPdMは、業界の常識を知っているぶん、「この業界ではこうするものだ」という前提で判断しやすくなります。スタートアップが業界の常識を変えようとしている場合、この前提がかえって足かせになることがあります。業界経験のある人を迎えるときは、自社がどの常識を変えようとしているのかを、最初に伝えておくことが大切です。
業界経験のない人を採用したのに、補う仕組みを用意しない
業界経験を問わずに採用したものの、入社後は「現場で覚えてください」と任せきりにしてしまうケースです。PdMは知識の足りない状態で判断を求められ、立ち上がりが遅れます。業界経験を必須にしないという判断は、入社後に補う手間を経営者側が引き受けるという判断でもあります。
具体例:業界経験を「必須」から「歓迎」に変えたケース
従業員20名ほどの、専門職向けの業務支援サービスを提供するスタートアップのケースです。代表は業界の出身で、これまでプロダクトの判断をすべて担ってきました。
当初の求人票では、業界経験を必須条件にしていました。しかし数か月経っても、業界経験とPdMとしての経験の両方を持つ候補者には出会えませんでした。
そこで、4つの判断軸で整理し直しました。プロダクトには、業界の規制に関わる機能がいくつかありましたが、全体から見ると一部でした(判断軸1)。ユーザーの業務は外から見て分かりにくいものでしたが、社内には業界出身のカスタマーサクセスの担当者が2名おり、質問に答えられる体制がありました(判断軸2・3)。差し迫った大型案件もなく、立ち上がりに3か月ほどかけられる状況でした(判断軸4)。
この整理をもとに、業界経験を「歓迎」に変え、必須条件は「規制のある業界で、確認の手順を踏みながら仕様を決めた経験」に絞りました。あわせて、規制に関わる機能は、リリース前にカスタマーサクセスの担当者と代表の両方が確認するルールを決めました。
採用したのは、別の業界で業務システムのPdMを務めてきた人でした。最初の1か月は、カスタマーサクセスの担当者と一緒に顧客を訪問し、業界の用語を一覧にまとめながら業務を学びました。2か月目には、規制に関わらない機能の優先順位をPdMが決めるようになり、3か月目には、顧客の業務の流れを図にまとめて、代表と開発チームの認識をそろえる役割を担うようになりました。代表からは、業界の外から来たからこそ、当たり前だと思っていた手順の無駄に気づいてもらえた、という声がありました。
よくある質問(FAQ)
Q1. 業界経験のある人と、PdMとしての経験が豊富な人、どちらかしか選べない場合はどうすればよいですか。
1人目のPdMであれば、多くの場合はPdMとしての経験を優先することをおすすめします。業界の知識は入社後に補えますが、PdMとしての仕事の進め方は、短期間では身につきにくいためです。ただし、判断軸1と判断軸3の両方に当てはまる場合は、業界経験を優先する理由があります。
Q2. 社内の業界経験者をPdMに登用するのはどうでしょうか。
業界の知識をすでに持っている点では有力な選択肢です。ただし、PdMとしての経験がない場合は、プロダクトの判断の進め方を身につけるまでの支援が必要になります。業界知識を補うのか、PdMとしての力を補うのか、どちらの手間を引き受けるかの違いと考えると比べやすくなります。
Q3. 業界経験のないPdMを、顧客の前に出して大丈夫でしょうか。
最初の1〜2か月は、経営者や営業が同席する形で出すことをおすすめします。顧客との会話についていけない場面があっても、同席者が補えば信頼を損なうことはありません。むしろ、早い段階から顧客と接するほうが、業界の知識は早く身につきます。
Q4. 業務委託のPdMに依頼する場合も、業界経験は気にしなくてよいでしょうか。
考え方は同じですが、業務委託のPdMは稼働日が限られるため、業界知識を補う時間も限られます。依頼する範囲に規制に関わる判断が多い場合は、業界経験を重めに見るか、確認先を必ず決めておくことをおすすめします。
Q5. 業界経験が必要かどうか、自分では判断がつきません。
まず、最近3か月のプロダクトの判断を振り返り、業界の知識がなければ誤っていたと思う判断がいくつあったかを数えてみてください。そのうち、誤ったときに取り返しがつかなかったものがどれだけあるかが、判断軸1の答えになります。
まとめ
1人目のPdMに業界経験を必須にするかどうかは、業界の種類ではなく、入社後に知識を補える環境があるか、知識がないまま判断したときに何が起きるかで決まります。「業界経験」は、制度・規制の知識、顧客の業務の知識、業界の商習慣、業界の用語の4つに分けて考えると、本当に入社前から必要なものが見えてきます。
判断の軸は4つです。(1)知識がないまま判断したとき取り返しがつくか、(2)顧客の業務が外から見て分かりにくいか、(3)社内に業界知識を聞ける相手がいるか、(4)立ち上がりまでどのくらい待てるか。業界経験を必須にしない場合は、顧客への同行、用語の一覧、制度・規制の確認先、経営者の勘の言語化という4つの方法で、入社後に知識を補います。
まずは、求人票の必須条件に書いている「業界経験」が、4つのうちどれを指しているのかを書き出してみてください。それだけで、必須にすべき範囲が思っていたより狭いことに気づくはずです。
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