ユーザーインタビューを重ねてきたものの、その記録がインタビューメモとして個別に散らばったままになっていないでしょうか。「顧客の声は集めているのに、次の機能をどこに投資すべきか判断する材料になっていない」という相談は、プロダクト開発の意思決定を一人、あるいは少人数で担っている現場でよく聞かれます。
カスタマージャーニーマップは、顧客がプロダクトを知ってから使い続けるまでの行動・感情・課題を時系列に整理し、チーム全員が同じ地図を見て意思決定できるようにするためのツールです。ただし、テンプレートに沿って埋めるだけでは、作って満足するだけの「飾り」になりがちです。本記事では、限られた体制の中でジャーニーマップを作らざるを得ない状況でも、意思決定に使える地図に仕上げるための実践ステップを解説します。
カスタマージャーニーマップとは何か、何のために作るのか
カスタマージャーニーマップとは、顧客がプロダクトを認知してから、検討・利用開始・継続利用に至るまでの一連のプロセスを、行動・思考・感情・課題などの軸で時系列に可視化したものです。単なる顧客理解の資料ではなく、「どのフェーズに、どの課題が、どれくらい強く存在するか」を特定し、開発リソースの投資先を判断するための材料として使います。
少人数の体制でジャーニーマップを作る意義は、大企業のマーケティング部門が作るものとは少し異なります。大企業では複数部署の認識を揃えるための合意形成ツールとしての役割が大きい一方、プロダクトの意思決定者自身が現場の顧客対応も兼ねている段階では、自分の頭の中にある顧客理解を一度外に出し、思い込みと事実を切り分けるための作業という意味合いが強くなります。日々の顧客対応や営業の中で「なんとなく分かっている」つもりの顧客像を、実際のインタビュー記録に基づいて言語化し直す作業でもあります。
ジャーニーマップ作成でよくある3つの失敗
具体的な作成ステップに入る前に、限られた体制で作るジャーニーマップでよく見られる失敗を整理しておきます。
失敗1:インタビューをしないまま、想像でマスを埋めてしまう。 テンプレートの各フェーズ・各行を、実際の顧客の声ではなく「たぶんこう思っているだろう」という推測で埋めてしまうケースです。推測で埋めたジャーニーマップは、作成者自身の思い込みを図にしただけの資料になり、開発の意思決定を誤らせるリスクがあります。
失敗2:複数の顧客タイプの声を1枚にまとめてしまう。 検討期間が数日の顧客と数ヶ月かかる顧客、価格を重視する顧客と機能を重視する顧客など、性質の異なる顧客の発言を1枚のジャーニーマップに混在させてしまうケースです。ジャーニーは顧客タイプによって大きく異なるため、性質の異なる声を混ぜると、どのフェーズの課題も中途半端にぼやけた地図になります。
失敗3:作った後、誰も見返さない。 作成時は力を入れて仕上げたものの、完成後はNotionやスプレッドシートの奥に格納されたまま、機能の優先順位を決める場面で参照されずに終わるケースです。ジャーニーマップは作ることが目的ではなく、意思決定のたびに立ち返る「地図」として使われて初めて価値を持ちます。
こうした失敗の多くは、インタビューの設計・実施段階に原因があります。ジャーニーマップの材料となるインタビューの進め方については、以下の記事で詳しく解説しています。
カスタマージャーニーマップを作る実践ステップ
ここからは、少人数の体制でも意思決定に使えるジャーニーマップに仕上げるための実践ステップを解説します。

ステップ1:対象とする顧客タイプを1つに絞る
最初に行うべきは、ジャーニーマップの対象とする顧客タイプを1つに絞り込むことです。「初めて有料プランに申し込んだ顧客」「無料プランから半年以上動かない顧客」など、性質が近い顧客のグループを1つ選びます。複数の顧客タイプのジャーニーが必要な場合も、1枚のマップに混在させず、タイプごとに別のマップとして作成します。
対象とする顧客タイプを選ぶ際は、その時点で最も意思決定に影響する顧客層を優先します。例えば解約率が課題であれば「解約直前の顧客」、新規獲得が課題であれば「初回申し込み前後の顧客」というように、今取り組んでいる課題に直結する顧客タイプから着手すると、作成したジャーニーマップがすぐに意思決定へ活用できます。
ステップ2:実際のインタビュー記録を、時系列のフェーズに仕分ける
対象を絞ったら、これまでに実施したユーザーインタビューやN1分析の記録を見返し、発言を「認知」「検討」「申し込み」「利用開始」「継続利用」など、時系列のフェーズごとに仕分けていきます。このとき重要なのは、想像で補完せず、実際にインタビューで語られた発言・行動だけを転記することです。
「たった一人」の顧客を深掘りするN1分析は、このステップで扱う情報の解像度を大きく左右します。N1分析の考え方とジャーニーマップへの活用については、以下の記事で詳しく解説しています。
もし十分なインタビュー記録が蓄積されていない場合は、無理に既存の記録だけでマップを埋めようとせず、このタイミングで対象顧客への追加インタビューを実施することをおすすめします。
ステップ3:フェーズごとに「行動」「感情」「課題」を書き分ける
時系列に仕分けた発言を、フェーズごとに「行動(何をしたか)」「感情(どう感じたか)」「課題(何に困ったか)」の3つの軸に分けて整理します。この3軸を分けて書くことで、「行動はできているが、実は不安を感じている」「行動もできていて満足度も高いが、次のステップへの導線が分かりにくい」といった、行動データだけでは見えない状況を捉えられるようになります。
特に「感情」の軸は見落とされがちですが、離脱や解約の予兆は行動よりも先に感情の変化として現れることが多く、優先的に手を入れるべきフェーズを見極める手がかりになります。
ステップ4:課題が集中しているフェーズを特定し、仮説を立てる
全フェーズを整理し終えたら、課題の記述が集中しているフェーズ、あるいは感情がネガティブに傾いているフェーズを特定します。ここがプロダクト改善やコミュニケーション施策で優先的に手を入れるべき箇所の候補です。
課題を特定したら、「なぜこのフェーズで顧客がつまずくのか」について仮説を立てます。この仮説は、次のインタビューで検証すべき問いにもなります。ジャーニーマップは一度作って終わりではなく、仮説を立てて検証し、また記録を追加していく前提のドキュメントとして扱います。
ステップ5:完成したマップを、次の意思決定の場で実際に使う
ジャーニーマップが完成したら、次にプロダクトバックログの優先順位を検討する場面で、実際にこのマップを開いて参照します。「このフェーズの課題を解消する施策だから、バックログの上位に置く」というように、ジャーニーマップ上の根拠と紐づけて優先順位を判断することで、マップが単なる資料ではなく、意思決定に使われる地図として機能し始めます。
バックログの優先順位付けの具体的な考え方については、以下の記事で詳しく解説しています。
具体例:BtoB SaaSスタートアップにおけるジャーニーマップ活用
従業員15名規模のBtoB SaaSスタートアップを例に、ステップの流れを確認します。
このスタートアップでは、無料トライアルからの有料転換率が伸び悩んでいました。社長は、これまで実施してきた顧客インタビュー10件分の記録を見返し、「トライアル申し込み前後で最も検討期間が短かった顧客層」に対象を絞ってジャーニーマップを作成しました。
行動・感情・課題の3軸で整理した結果、「トライアル開始直後の初期設定フェーズ」で、行動としては手順通り進めているものの、感情の記述には「本当にこれで合っているのか不安」という発言が複数の顧客に共通して見られることが分かりました。行動データ上は離脱していなかったため、これまで見過ごされていた課題でした。
この仮説をもとに、初期設定完了時に進捗を確認できる画面を追加する施策をバックログの上位に据え、次のスプリントで実装しました。結果、初期設定フェーズでの離脱率が改善し、有料転換率にも改善が見られました。ジャーニーマップが、行動データだけでは見えなかった課題を発見し、優先順位の判断根拠として機能した事例です。
よくある質問(FAQ)
Q1. ジャーニーマップとペルソナは、どちらを先に作るべきですか?
決まった順番はありませんが、実際のインタビュー記録が手元にある場合は、先にジャーニーマップで顧客の行動・感情・課題を時系列に整理し、その後にペルソナとして人物像に落とし込む順序が扱いやすい場合が多いです。ペルソナ作成の考え方は以下の記事で解説しています。
Q2. インタビュー件数が少ない状態でも、ジャーニーマップは作れますか?
数件のインタビューでも作成に着手すること自体は可能ですが、1件の発言を全顧客の傾向として扱わないよう注意が必要です。少数のインタビューで作成したマップは「仮説段階の地図」として扱い、追加インタビューで随時更新していく前提で運用してください。
Q3. ジャーニーマップはどのくらいの頻度で更新すべきですか?
プロダクトや顧客層に大きな変化がなければ、四半期に一度程度の見直しが目安です。ただし、新しい顧客セグメントへ展開したときや、大きな機能追加を行ったときは、その都度対象フェーズを見直すことをおすすめします。
Q4. 一人(または少人数)で作ったジャーニーマップを、チームにどう共有すればよいですか?
完成した地図を配布するだけでなく、実際にバックログの優先順位を議論する会議の場で、ジャーニーマップを開きながら「この施策はこのフェーズの課題に対応している」と説明する使い方が効果的です。使われている様子を見せることで、チームにとっても「参照すべき資料」として定着しやすくなります。
Q5. BtoBとBtoCで、ジャーニーマップの作り方に違いはありますか?
大きな枠組みは共通ですが、BtoBでは検討・申し込みのフェーズに複数の意思決定者が関わることが多いため、フェーズを「個人の行動」だけでなく「誰が、どの立場で関わっていたか」も併記すると、後から見返したときの解像度が高まります。
まとめ
カスタマージャーニーマップを意思決定に使える地図にする鍵は、対象とする顧客タイプを1つに絞り、実際のインタビュー記録を行動・感情・課題の3軸で時系列に整理し、課題が集中するフェーズを特定して仮説を立て、完成後は実際の優先順位判断の場で参照するという一連の流れにあります。
重要なのは、テンプレートを埋めることを目的にしないことです。まずは手元にあるインタビュー記録を見返し、対象とする顧客タイプを1つ選ぶところから始めてみてください。
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